1482 いとおかし [詩・エッセイ]
この詩は、
小説「神田神保町物語・月の舟」の中のエピローグに使われているもので、
プロローグ「白い帽子」の対を成すものです。
「いとおかし」
闇の森に
月が浮かぶ
ふと息をとめるほどに
いとおかし
万葉の昔から
月の舩は
人々の想像力をかきたててくれる
陽が沈むころ
蒼いとばりのなかに浮かんだ
吃驚するような大きさの
真っ赤な月は
荒ぶる漢(おとこ)のように
禍々(まがまが)しくもあり
猛々しく
暴力的でさえあり
人を怖がらせる
その同じ月を
別の時間に観ると
おだやかで
ひかえめで
のんびりしていて
しなやかで
美しく
物静かに
微笑んでいる
あの女(ひと)のように
心にしみいる優しさに満ち溢れている
月を観ると
ふと息をとめるほどに
いとおかし